2017年12月31日日曜日

アジアデジタルアート大賞展で優秀賞受賞!〜音楽プロデューサーがメディアアート作品をつくった理由

 年末に嬉しい報せがあった。「2017アジアデジタルアート大賞展FUKUOKA」のインタラクティブ部門で優秀賞をいただいた。TECHS2で披露したSHOSA/所作 〜a rebirth of humonbody』という作品だ。 
 僕が生まれて初めてクリエイティブディレクターと表記された作品だ。音楽プロデューサーとして長年活動してきた中で、「エンターテック・エバンジェリスト」とも名乗るようになったのは自然な流れだった。日本の音楽業界がデジタル社会への変化に臆病で、業界的にも国際的にも取り残されていくという危機感の中で、書籍を出版したり、人材育成のセミナーや音楽家が参加するハッカソン、エンタメ系のスタートアップのアワードなどの場つくりのオーガナイザーをやりはじめるようになって、音楽プロデュサーという職域からははみ出す活動が増えた。大企業の新規事業のアドバイザーをやって、異業種間を、特にスタートアップと結びつけたりするような活動もやらせていただいている。

 新しいテクノロジーでエンタメが変わるポイントは3つだ。マネタイズシステム、ユーザーとのコミュニケーション(従来の言葉を使えばプロモーション)、そしてクリエーションだ。表現そのものもテクノロジーで変化、拡張していく。電化(トランジスタ)がエレキギターをつくって、ロックやポップスが生まれた。デジタル化は、電化以上のインパクトのある変化で、音楽制作を安価にした。民主化されたと言ってもいいだろう。以前なら、10坪以上のスペースと1億円に近い機材が無ければできなかったことが、今や1ルームのパソコンで100万円以下の投資で可能になった。もちろんプロフェッショナル制作システムが無効になったわけではないけれど、少なくとも1/100のコストでの代替案が生じているのは紛れ見ない事実だ。ところが表現を変えるような楽器という観点だとまだ成果は乏しい。強いて言えばボーカロイド。初音ミクというバーチャルスターを生み、新しい音楽シーンと市場を作った。でもエレキギターとアンプに比べれば、まだ影響力は軽微で、これから様々なテクノロジーの進化に伴う新しいツール(楽器)が出てくるはずだと僕は思っている。

 メディアアートへの関心は、そんなところは始まった。実は80年代に高校生だった頃からメディアアートには興味はあった。ナム・ジュン・パイクの作品やエピソードを聞いて友人たちと話題にしていた記憶がある。でもその程度の関心。自分の仕事とは無縁な世界だと思っていた。

ダミン・ハーストの作品
 ところがエンターテックエバンジェリストと名乗り、テクノロジーで表現をエクスパンドするみたいなコンセプトを掲げて表現を眺めていくと、未来への道を切り拓いているのは現代アート、メディアアートの分野のアーティストたちだった。エンターテックとメディアアートは出自が違うだけで、現在地点はほぼ同じ処、右から説明するか、左から語るかみたいな違いしかないなと気づいた。遠い憧れの存在だったARS electronicaには去年、今年と行ってみた、メチャメチャ刺激的だった。従来からのメディアアートの文脈に埋もれて輝かない作品と、時代の息吹を感じられる作品の違いも明快で勉強になった。
 ベネツアビエンナーレも素晴らしかった。アートが時代の先端を走り、未来を牽引しているのだと感じた。世界の最高峰の場所で観て感じることは大切で、NYでオフブロードウエイを観る、パリでクラシックバレエを観る(多分、ウィーンでオーケストラを聴くとか、イタリアでオペラを観るとかも)ことは芸能の神様に謙虚でいつつ、刺激を受けるために必要なことだと常々思ってきたけれど、ベネツアビエンナーレもそれらと同列以上だった。2年後も絶対行きたい。

 そんな中で、1年くらい前から「メディアアート的な発想で作品化してアワードに応募する」という活動をやってみようと思うようになった。ミュージシャンズハッカソン、クリエイターズキャンプ、TECHSと継続的な取り組みをしてきたので、テクノロジスト、クリエイターの人的ネットワークは出来ている。僕が一番の役割である「場つくり」を加速することもできるだろうと考えた。「賞を取る」というわかりやすさは何かを進める時に有効だ。

 ちょっと乱暴な言い方になるけれど、現代アート作品で一番大切なのはフィロソフィーだ。今の社会をどのように捉えて、切り取って形にするのか、どんなメッセージや問題提起を込めるのか、その姿勢も含めて、評価されるのがアートの世界だ。

 僕がやるなら、取り上げるべきは表現とテクノロジーの関係性だ。ライブ表現のシズル感にフォーカスして、「アルゴリズムに支配されたダンスの解放、身体性の復権」をコンセプトにすることにした。高い身体能力と日本女性のしなやかな美をもつSpininGReenに合致したコンセプトでもある。近年はプロジェクションマッピングなどの映像表現とダンスの融合はたくさんあって、素晴らしい作品も多いけれど、「予めプログラミングされた内容、時間軸に演者が合わせる」ものがほとんどで、完成度は上げやすいけれど、ライブのドキドキ感につながりにくいと常々残念に思っていた。時代としてもロボットが人間の職を奪うのではないかと不安が語られていて、人と技術の共存、美しい相互互恵関係が重要になっている。人が技術をリードし、活用して表現を拡張するというアート作品は、そんな時代へのメッセージにもなるはずだ。
 なんでもそうだけれど、言うは易しで作品にするのは大変だった。沢山の人の知恵と汗でなんとか形になった。賞をいただいたことで、少しだけど、報いることができた気がして、実はそれが一番嬉しい。一緒にこの作品をつくった時間に社会的な価値がついてくれたから。

 クリエイティブディレクターをやったのは、この分野の「師匠」である大岩さんのアドバイスだ。僕が弟子を名乗るのがおこがましいほど、輝かしい実績のある方だけれど、僕がこんな事やりたいと協力のお願いをした時に「この分野はクリエイティブディレクターをやらないと評価されない。僕がアドバイスするから山口さんがやりなさい。」と背中を押された。僕は今更、自分自身に名誉欲は無いし、クレジットがなんであっても作品が良くなるたまなら自分がやれることは全力でやる。具体の作業はほとんど変わらないのだけれど、それでもクリエイティブ全体に責任がある立場を宣言することは、紙一重だけれど、やはり気持が違う。僕にとっても貴重な経験になった。大岩さんがいてくれるからやれことなので感謝という言葉では表現できない。

(ちなみに、大岩直人さんの最初の著書は昨年「ニューミドルマン養成講座」にゲスト講師にいらしていただいた時の講座内容をベースにした電子書籍+PODスーパードットなひとになる。〜コミュニケーションとテクノロジーの"今"』(PHP研究所)なのだけれど、2冊目が最近出版された。『おとなのための創造力開発ドリル 〜「まだないもの」を思いつく24のトレーニング』は、掛け値なしに名著だ。ジャンルを問わずクリエイティブな仕事に関わる人は是非、読むべきだ。ロボット工学の石黒浩大阪大学教授のブレイクのキッカケとなったマツコロイドの生みの親としても有名なアイデアマンの大岩さん。この本を読むと、クリエティブな思考回路について学ぶことができる。激オススメ)

 『SHOSA』は「EnterTechLabSpininGReenの作品となっている。EnterTechLabは、ミュージシャンズハッカソン、TECHSでできたネットワークをベースに法人設立準備中の団体だ。代表の伴幸祐は、4年前の第一回ミュージシャンズハッカソンに福井から参加してくれたのが出逢い。優秀なプログラマーであるだけでなく、ビジネスセンスも併せ持ち、弁説もたち、周りを俯瞰する能力に長けている。彼と一緒にEnterTechLabを作ることで、日本のエンターテック分野をレバレッジしていきたい。次世代型のクリエイターを支援していく仕組みが主なサービスになると思う。
 ETLの法人としての初仕事は、2月3日4日に日本で3年ぶりに行われるMusic Hack Day Tokyo2018だ。現在申込み受付中。音楽に興味のあるプログラマー、デザイナーは是非参加して欲しい。

 『SHOSA』には、他にも山口ゼミ1期生でCWFキャプテンのhanawaya、同じくCWFメンバーで、安室奈美恵「Hope」の作編曲で今年ブレイクしたトラックメイカーTOMOLOW。アニソン分野で大御所作詞家になりはじめているこだまさおりなどがクリエイターとして参加してくれている。着物は国際的なコスチュームデザイナー谷川幸さんのオリジナルデザインで、映像とした舞う蝶々も谷川さん作で『SHOSA』の世界観の中核を担っている。田中セシルに似合うデザインだったし、セシル自身による着物を活かした振付も良かったと思う。

 たくさんの優秀なクリエイターの皆さんにお力をお借りしたことで、一つの成果を上げることが出来ました。改めてこの場を借りて、心からの感謝を述べたいと思います。本当にありがとうございました。
 技術的にはマイクロソフトのKInectに加えて、富士通が開発中のセンサーシューズという技術を使っている。富士通さんにも多大なる協力をいただいて本当に感謝です。
 そして、次の作品も構想準備中なので、ご期待下さい!。

 改めて思うのは、従来いろんなジャンルを区別してきた「壁が溶けている」ということだ。僕がメディアアート作品のクリエイティブディレクターをやるなんてまったく想像していなかった。自分が育った音楽業界を再生させるために、エンターテックエバンジェリストとして、異業種や異分野の架け橋となる場をつくっているうちに、いつの間にか、でも自然に、こんなことになった。

 海外のカンファレンスイベントに行って感じるのは、「全部同じ方向を向いている」ということだ。家電の見本市から始まったCES、音楽にはじまってITサービスのインキュベーションの場となったSXSW、広告祭だったCANNES LIONS、メディアアートの総本山であるARS electronica、どのイベントでも、「社会のイノベーションとは?」、「テクノロジーと人の関係とは?」MedTech(医療技術)、BioTech(生物工学技術)を取り込んで様々な議論、実験が行われている。行ったことは無いけれど、通信会社によるMobile CongressもクラブミュージックのフェスだったはずのSonarもそうみたいだ。スタートは全然違ったはずが、今は同じ方向を向いている。将来はまだ分化を始めるのだろうけれど、今は一旦、すべての壁を溶かして、シームレスになって、ガラガラガッチャンと古いものが壊れ、新しいものが生まれていくと世界中の人が思っている。その原因も、未来のツールも進化し続けるテクノロジーだ。そんな時代に、人々をワクワクさせ、時代の気分を醸造し、文化を作るエンターテックの役割は大きいと思う。

 そんな時代に内国の一業種の価値観、いわゆる業界の村的な論理で行動することは弊害が非常に大きい。良い部分をモジュールとして活かして再構築するべきというの僕の意見だけれど、それには新しい発想と熱量を持った人材が必要だ。
  僕が約3年前にニューミドルマンラボを始めた動機が「マジで超アタマにきた」からだというのはこのブログに書いているけれど、世界中の意識の高い人たちが同じ方向を向いているということと「ニューミドルマン」という概念も軌道を同じくしている。従来の壁が溶けていくなら、未来志向のエンタメビジネスを実践的に探っていく運動だ。2018年からはもっとコミュニティ的な動きをしていこうと思っている。オンラインサロン(+OFF会)も作る予定なので、興味のある人は参加して欲しい。音楽ビジネスに興味がある人は、2月に行う『超実践アーティストマネージメント篇』は最適だ。音楽ビジネスをリロードする人たちの参加を心待ちにしています。

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 更新が不定期すぎるブログで、そして今年もブログタイトルを決められないままでしたたが、2017年はこれで終わります。私的なスタンスで見解表明をすることは続けますので、今後もお付き合いください。



2017年12月26日火曜日

2017年音楽ビジネス重大ニュース〜EnterTech&Global篇〜

<2017年音楽ビジネス重大ニュース〜EnterTech&Global篇>
第1位)QQmusicの台頭〜中国音楽マーケットの「出現」
第2位)Spotifyがブロックチェーン会社を買収。AppleはSHAZAMを傘下に。
第3位)チャンス・ザ・ラッパーのグラミー賞受賞
第4位)スマートスピーカー各社発売
第5位)アリアナ・グランデのコンサート会場でテロ、2週間後に追悼チャリティ・ライブ
圏外)ポストEDM広まる。海外と日本のトレンドのズレ


山口:2017年の重大ニュース。前編は日本の音楽業界ということでやってみて、多くの方に読んでいただけたようです。後編はグローバル+エンターテック分野でやってみましょう。最初は1回にまとめてやろうと思ったんだけど、なんか焦点距離があまりに違うというか、話がずれる気がして、前後編にジャンルでわけることにしました。海外市場ってなった瞬間に、エンターテックな話になるし、エンターテックにフォーカスすると話がグローバルになるよね。

脇田:音楽は国境を超えるといいますから、国外にも目を向けたいですね。特に新しいテクノロジーによって音楽ビジネスはすごいスピードで変化していってますから。


第5位)アリアナ・グランデのコンサート会場で自爆テロ、2週間後に追悼チャリティ・ライブ

山口:米ソの冷戦が終わって世界が平和になるかと思ったら逆で、様々な要因が重なって以前より不安定になってるよね。イスラム過激派のテロも世界中で起きている。人がたくさん集まるところが狙われているという意味では、コンサートも標的になるリスクがあるのだろうね。今回の会場はイギリス・マンチェスターでした。ワッキーがこのニュースで注目したポイントはどこ?

脇田:アリアナ・グランデのコンサート会場でのテロは、本当にショックなニュースでした。10代の若い子たち等多くの人が犠牲に遭いました。しかし、それから僅か2週間後にスタジアムで、世界的なスーパースターを集結させて追悼コンサートを開いたわけです。仕掛け人のスクーター・ブラウン(アリアナやジャスティン・ビーバーのマネージャーでもある)に注目したいですね。PSYの「江南スタイル」にも関わった彼は、SNSと既存メディアを巧みにミックスするスキルを持った“ニューミドルマン”です。まさに“ニューミドルマン”である彼の、一世一代の大イベントだったと思います。多くのスーパースターが出演するフェスを、テロという危険の中この短期間で実現させ、メディアを使って発信し、収益の寄付なども行なう。それを成功させたことにとても驚きました。もちろん発信するメッセージも熱く、考えさせるものに満ちていました。

山口:音楽の価値、社会におけるアーティストの役割がわかっている行動だよね。ファンへの感謝、社会への貢献を行なうと同時に、アーティストとしてのブランドを上げることにもつながったと?

脇田:そうですね。ティーン・スターのアリアナが世界に影響を与える「アーティスト」へと階段を上がったんじゃないか?と思い、来日公演も観に行きました。そこは、カリスマというより、普通の(?)一級のプロフェッショナルなエンタテイナーという感じのショーでしたが(笑)。


第4位)スマートスピーカー各社発売

山口:2000年以降、コンテンツ流通の主戦場はスマートフォンになり、ウエブサービスもPCから「スマホシフト」が上手にできるかどうかで、隆盛が決まる時代だよね? ニコニコ動画の影響力が落ちているのも、スマホシフトの失敗といえると思う。一方で、「ポストスマホ時代のコンテンツプラットフォームが何か?」というのが投資家や事業家の間で
は議論されていて、一時期はウエアラブルだったんだけれど、ここに来て、音声認識技術+クラウドAI(人工知能)とセットのスマートスピーカーが本命っぽい感じになっているね。

脇田:ネットのエンタメにおいて、PCからスマホへのシフト(ガラケーからスマホも)は明暗を分ける変化でしたね。IoTやVRは、一般利用者にとって無くても困らないですが、徐々に影響を与えて行っている。
そして、次に来るのがスマートスピーカーだ! というトレンドが煽られて、自分としては驚きと喜びを感じました。スマホでイヤフォン、ヘッドフォンでのリスニングが主流になっていて、世の中から家で音楽を流すオーディオ装置が消えてしまっていました。このスマートスピーカーが、音楽の復権につながるんじゃないかという期待をしてしまいます。

山口:そうだね。ヘッドフォンでしか音楽聴かない若者も多くなっていると思うんだけれど、リビングルームにスピーカーが鎮座しているということは、音楽の接点は間違いなく増えるものね。ただ、心配なのは、今回も騒がれているのは、Amazon Echo、Google Home、そしてApple。LINE Cloverには頑張って欲しいし、SONYも計画しているらしいけれど、アメリカ系グローバル企業にポストスマホ時代のコンテンツプラットフォームを牛耳られるのは、日本のコンテンツ産業としては由々しき事態だよ。スマホ時代の今はゲームのルールは、AppleとGoogleに一方的に決められてしまっていて、異議申立の方法が無い。例えば、iPhoneアプリをリリースしようとして、却下されて、理由がわからず、英文メール以外問合せ方法が無く、困っている日本のスタートアップとかは惨めな思いをさせられているよ。スタートアップでスマホアプリが3ヶ月遅れるって、下手すると会社潰れかねないからね。生殺剥奪権をグローバルプラットフォーマーに握られるのは最悪の事態。スマートスピーカーは音声での言語認識技術が重要で、日本語については日系企業にアドバンテージがあるはず、NTTが世界最高の技術を持っているので、せめてそこだけでも押さえて欲しいよ。

脇田:同感です。着うた時代でも、世界同一性を求めるiTunesに比べて、レコチョクはかゆいところに手が届く細やかな対応をしてくれてました。なんでもかんでもグローバルでいいはずはないです。

山口:ジョブズは、ウォークマンとiモードから、iTunes Music StoreとiPodを考案したと言われているけれど、多分本当だと思う。日本の良さを活かしながら、グローバルサービスのプラットフォームを意識するような流れは欲しいよね。日本のスタートアップに期待しています。オープンイノベーションスタイルで大企業と組めたらチャンスあるはずなんだ。

圏外)ポストEDM広まる。海外と日本のトレンドのズレ

山口:第3位に行く前に、ワッキーが取り上げていたこの話題を

脇田:今年は「EDM」の音楽的な流行が終わったと言われました。アッパーなEDMチューンはヒットチャートに登場しなくなり、同様のエレクロニックなジャンルでは「トロピカル」だったり、レゲエ調? のダウンな曲調が増えたように思います。カルヴィン・ハリスの最新アルバムがファンクなアルバムだったことも、話題になりました。問題は、日本はこれからのジャンルなのに、海外では終わってしまった事です。
おそらく2010年ぐらいからずっと流行り続けているEDMが日本で火が付いたのはこの1、2年だったので、最近EDMにハマった日本のパリピ的なファンにとっては、あのアゲな刺激が新曲という形で味わえなくなってしまいましたね。今のエレクトロニック系のヒットソングは「まったり」してます。あとラテンが流行ったり、ついていけないですよね。アリアナのライブでも、ZEDDと共演した「Break Free」というアッパーEDMチューンが、ダウンなアレンジされていて、その時の会場の残念な感じも印象的でした。あれこそが、世界のトレンドと日本のリスナーとのズレの象徴的な場面なんでしょう。

山口:先を見るクリエイターは4年くらい前から、ポストEDMサウンドを探しているよね。「トラップ」だったり、「フューチャーベース」だったり、いろんなジャンルが注目されたけれど、「トロピカル」は本格的に盛り上がっている感じはするね。ただ、EDMって、踊らせる音楽と言うか、マネタイズポイントはフェス型イベントでしょ? そこはどうなんだうね?

脇田:むしろフェスや現場は、多様なトレンドに対応できてる気がします。メインストリームなPOPSとしてのEDMと現場が離れてきたように思います。逆にポストEDMサウンドを探してきたJ-POPクリエイターは、今から「ドEDM」やってみるとおもしろい。過去にもJ-POPでは、海外で流行りが終わったスタイルで大ブレイクを果すアーティストが多くいますから。


第3位)チャンス・ザ・ラッパーのグラミー賞受賞

脇田:アメリカ、シカゴのラッパー「チャンス・ザ・ラッパー」がグラミー賞を受賞。楽曲を販売したことが無いアーティストとして、初の受賞が話題になりました。2016年5月にリリースされた自身名義の3作目となるミックステープ『Coloring Book』が、ストリーミングのみのリリース作品として初めてのグラミー賞を受賞ですね。これまでは楽曲を販
売しないとノミネートされないルールでしたが、この作品によってルール変更されました。
 彼は、ミックステープと呼ばれる無料ダウンロードサイトからスタートし、ストリーミングのみで配信するという作品発表のスタイルで数々の記録を作り時代の寵児となりました。過去には、無料ダウンロードのデータを勝手にiTunesにアップされビルボードランクインするという「事件」で名を上げました。今回のグラミーも、型破りなノミネート~受賞を達成したわけです。

山口:デジタル時代の申し子だね。同時に、ニューヨークやLAではなく、シカゴというのにも注目だ。10月に韓国の音楽ビジネスカンファレンスに呼ばれて、パネルディスカッションに出たんだけれど、その時のテーマが「都市と音楽」。ベルリンのクラブ関係者、スウェーデンの音楽業界の取り組みと共に、シカゴのHIDEHOUTという有名なライブハウスのオーナーがパネラーで、シカゴは小中学校とミュージシャンが連携して、音楽に触れるようなシステムを長く続けている。町のアイデンティとして音楽を捉えていて、「チャンスが出てきたのは偶然ではないんね?」といったら、嬉しそうに頷いていたよ。ちなみに僕は、主催者からのオーダーで恥ずかしながら「渋谷系」の説明を拙い英語でしてきました。

脇田:山口さんの活動もインターナショナルになっていますね。このチャンス・ザ・ラッパーもそうですが、多くのアーティストが、ミックステープという仕組みで無名から名を上げてブレイクしている。既存曲をリミックスしたり、収録したりする。違法行為に当てはまるケースも多いですが、そこは日本と違いルールに対してゆるいところがあるアメリカですし、ヒップホップやレゲエは、このスタイルが文化として定着していることもあり、プロモーションにもなるので黙認されているようです。
アナログ時代からのヒップホップ系の伝統は、デジタル時代とマッチして威力を発揮しています。ストリーミングが台頭したタイミングでのグラミー賞ノミネート~受賞は、時代を捕えた感はありますよね。

山口:本当だね。そして、チャンス・ザ・ラッパーのグラミー賞受賞は色んな意味でエポックメイキングだと思うんだ。アメリカのミュージシャンにとってのロールモデルがJAY-Zからチャンスに変わるというのはすごく大きくて、日本の音楽シーンにも少しずつ影響が出てくる気がする。「メイクマネー」が一番だった黒人ミュージシャン文化が、お金や名声よりも地元の友人を大事にするという価値観へ変化したのが面白いと思った。結果的には、お金もたくさん入っているんだけれどね。

脇田:ヒップホップ系の「メイクマネー」は基本変わらないでしょう。文化系ヒップホップがサードウェイブみたいな、ここ数年のトレンドとくっついて、アナログなイメージとデジタルな発信を合体させている。それが何年かかけて、遂にオーバーグラウンドで認められたというシンボリックな出来事だと思います。

山口:日本のヒップホップシーンも知っている脇田さんはクールな解釈ですね(笑)。でも、真面目な話、ライブハウス(CLUB ASIA)をルーツに持って、現場感を大切にしながら、グローバル視点を持っているのがワッキーの武器だよね。9月に出版した『ミュージシャンが知っておくべきマネジメントの実務〜答えはマネジメント現場にある!』にも、そういう脇田らしさを感じたよ。


第2位)Spotifyがブロックチェーン会社を買収。AppleはSHAZAMを傘下に。

山口:海外は完全にストリーミングサービス全盛なんだけれど、各サービスに対して、どんな印象ですか?

脇田:何の記事で見たか忘れましたが、SpotifyのCEOダニエル・エクさんの「SpotifyはIT企業ではない、ITを使った音楽企業だ」みたいな発言が印象深いです。実際にプライベートでも仕事でも使っていますが、この考え方がサービスの隅々まで浸透しているように感じます。「音楽」を重要視している思想のようなものを感じるんですよね。エンジニアと
かの方は音楽の現場に触れる事は無いかもしれないですが、会社の姿勢「音楽会社だ」という考えは一人一人に影響を与えてるんじゃないでしょうか。甘い夢を見ていられるような時代ではないですが、ギリギリのところで「音楽第一」と言いたいですよね。国内のサービスで同じように好感を持てるのはAWAです。

山口:ジョブズがミュージシャンとお友達っていうのは、まあイメージ操作で策略だったと思うけれど(笑)、ダニエルには音楽愛を僕も感じる。そのSpotifyが今年は積極的に動いた年だったね。分配の透明化を図って、ブロックチェーン会社を買収したのは機敏だった。AppleがSHAZAMを買ったのは驚いたけれど、4年前くらいにSHAZAMの役員から聞いた情報によると、その時点でSHAZAM経由で年間1億回くらいiTunesでダウンロードされていたらしいから、ユーザーへの影響力がわかっていたんだろうね。SHAZAMで知って、Apple Musicで即聴かせるという誘導は良い方法だよね。

脇田:SpotifyとAppleが音楽プラットフォームのトップを狙って、しのぎを削ってる。しかし、Appleにとって、音楽はコンテンツの一つなんだろうなと思います。ジミー・アイオヴィンやドクター・ドレーが入って始まったApple Musicですが、音楽愛よりは企業としてのApple愛が優先されている印象があります。GoogleやAmazonもそうですが、「コンテンツ」や「データ」ではなく、「音楽」を扱うサービスを期待します。

山口:まあAmazonやGoogleは、one of communication toolsとしてしか音楽を捉えないよ。だからこそ音楽家側が賢く対処しないとね。あと、Spotifyが中国の巨大なIT財閥テンセントや運営するQQmusicと提携を発表したのも驚いたな。報道によると、最初テンセントがSpotifyを買収しようとして拒否されて、提携になったらしい。おそらく、中国はQQmusicで、それ以外の国はSpotifyでという住み分け戦略なんだと思う。

脇田:ストリーミングサービスの先駆者Spotify、まだまだ注目です。


第1位)QQmusicの台頭〜中国音楽マーケットの「出現」

山口:僕にとっては、この10年くらいで最もインパクトのあったニュースです。違法サイト天国で、海賊盤すら誰も買わないと言われた中国に音楽市場が忽然と「出現」しました。2015年12月、ちょうど2年前に中国政府が国家計画で、自国の音楽産業を2020年までに3000億元(約5兆6000億円)にすると発表。日本の10倍以上だからね。大法螺かとも思ったけれど、ああいう国は政府が旗を振ると動くんだね。巨大なIT財閥テンセントがやっているQQmusicが伸びて、月額約170円の有料会員が3000万人いて増え続けている。3年後には日本の音楽市場を追い抜くという分析が一般的だね。

脇田:アジア圏に巨大なマーケットが生れるという明るいニュースですね。国内だけ見とけばいいという、日本の音楽ビジネスの発想が遂に終わりそうな話です。

山口:どの国にも自国語のポップスがあって、それが5割位のシェアを持つのが一般的。残りの5割を洋楽とK-POPとJ-POPが争う構図になるんだけれど、潜在的には日本のポップスが洋楽とK-POPを上回って全然おかしくない。日本政府も「アジアのストリーミング市場における日本のシェアを25%にする」とか目標立てて旗を振って欲しいな。5年後には、朝鮮半島からミャンマーまでの間の音楽市場が日本の5倍〜10倍になる可能性が高い。単純計算で5倍のマーケットの2割がとれたら、日本の音楽市場が二倍になるということになる。これは凄いことだよ。

脇田: 新しいアジア市場でJ-POPが洋楽やK-POPを上回るのは大変そうですね。

山口:このままの状態では全然ダメだろうね。でも潜在的にはJ-POPが一番だと思っている。理由はアジア人とは感覚的に共通する部分があり、その上で多様性と文化的な奥行きがあるから。ストリーミングサービスって、いわゆるロングテールが長い、多様な音楽が存在できるサービスだから、日本のポップスの歴史と多様性が活きるんだよ。世界的に見ても日本の歌謡曲〜J-POPの歴史は豊富で多様な過去作品もある。文化大革命で切れてしまい、政府の介入も強い中国とは大きな差があるのは間違いない。この優位性はいつまでもは続かないだろうけれど、今は日本に大きなアドバンテージがある。K−POPは特定ジャンルでは優れた作品力があるけれど、多様性には欠けるからね。あとアジアには、感傷的なメロディや「歌謡感」みたいな共通性もあるから、ストリーミングサービスがきっかけで、ミャンマーで山口百恵の曲が大人気みたいなことが起きても不思議はない。

脇田:懐メロのカタログビジネスを海外展開するわけですね。

山口:日本のレコード会社は、ともかく全カタログにメタデータを付番して、全サービスに許諾することを最優先でやるべきだよ。そして1年間位再生データを追いかけて、人気の出そうな曲を、その国の歌手にカバーしてもらうように働きかける。それだけで大きく儲かる可能性が十分にあるんだから。
 これまではレコード会社は宣伝資金力も含めた、新曲のマーケティング力がシェアを決めてきたけれど、これからは旧譜も含めたカタログ力がレーベルの優劣を決めるようになるかもしれないね。

脇田:才能と資金が集まった20世紀のJ-POPの遺産を活用して世界に出よう、と。夢があるような無いような。。たしかにストリーミングは多様な趣味趣向に対応できますので、渋谷系の時代にマニアックなレコードを掘ってコンピが作られたようなニッチな現象がJ-POPで起こることはあるのかもしれませんね。

山口:僕はアジア各国の文化的な状況は「渋谷系前夜」って感じだと睨んでる。もう少しで、洗練されて様々な音楽ジャンルを包括した都市型ポップスが各国で生まれる可能性を感じるんだよね。そうなると日本人クリエイターの活躍のチャンスが広がると思う。
 ただ、実は一つ衝撃的な事実があるんだ。中国はコンサートチケットも含めて、全てのサービスがスマホで完結できるはず。ストリーミングサービスで好きになった楽曲のアーティストのコンサート情報を調べて、チケットを決済して、コンサート会場にスムーズに入場して、ライブの感想をSNSに投稿するみたいなことが、ノーストレスで自分のスマホでできる。でも、日本人アーティストのコンサートを観たいと彼らが思っても、外国語の情報はない、決済できない、電子チケットも遅れている、会場などの情報も平準化されていない、、、、。日本はアジアの中で図抜けて、不便で遅れた国になっているという現実があるんだ。これは「このままだとそうなっちゃうよね」ではなく、まだ顕在化してないだけで、「既に今そうなっている」アジアの中で少なくとも音楽分野においては、ITが一番遅れた国になっているのが、現実なんだよ。メチャメチャ悔しい。
 そんな状況でワッキーは、中国市場でどういう勝負をしようと思う?

脇田:K-POPは、インターネット以降のグローバルな展開が可能な時代に、ヒップホップベースの世界主流の音楽スタイルでネットを駆使して、日本をはじめ国外の市場を攻略した。それは得意な特定ジャンルというより、世界の主流フォーマットで勝負したんだと思います。スウェーデンのポップスも同じ。中国のような海外市場で洋楽、K-POPと競うというのは、この主流フォーマットに挑戦し、もがいていくことなのかなと思います。
 ここ数年、いくつか中国の音楽ビジネス関係者と会ったりして、実際管理楽曲がレコーディングされ中国のレーベルからリリースされたりと、仕事が実現したこともありました。彼らが日本に求めるのは、機材やエンジニアの技術の高さやサウンドクオリティでした。音楽的には歌謡曲はダメ、ループするダンスミュージック前提。これはJ-POPとはズレがある。ではどう勝負するかというと、高い技術とクオリティを持って、世界フォーマットに乗せて、オリジナリティを発揮することでしょう。ぜひ、そういうアーティストを発信していきたいです。

山口:僕は、2006年にタイのバンコクでオーディションして16歳の美少女ボーカリストを選んで日本人と組ませてデビューさせたり(Sweet Vacation)、インドネシアのロックシンガーAiu Ratnaを日本で活動させたり、アジア市場を意識したプロデュースを先駆的に挑戦してきたつもりだけれど、今、中国、アジア市場を視野に入れてアーティストをデビューさせるのは、自信が無いのが正直なところ。成功させる方法論は見いだせるとは思うだけれど、それを達成し切るまでの資金を集める自信が無いんだ。日本の音楽業界の資金調達システムがヘタリ過ぎているからね。
 音楽業界の内側では「ともかくアジア市場開拓です。それ以外やることないでしょ?」と啓蒙活動しているけれど、「音楽プロデューサーとしての山口哲一はどんな風に何を取り組むんだ?」と1年くらい悩んできた。2017年末現在の僕の結論は、「Jポップ流の音楽クリエイター育成法をアジアに持ち込んで、日本人作家とのネットワークも作って、アジア音楽シーンを席巻する」なんだ。5年間取り組んで結果が出始めているプロ作曲家育成の山口ゼミの仕組みを中国、台湾に持ち込んで、日本人作家とコーライティングさせて、アジア中の音楽市場を攻めるという取り組みを2〜3年かけてやろうと思っている。中国企業との協業はリスクが高いけれど、人間同士の信頼関係がちゃんと作れれば中国人は頼りになるというのもあるしね。来秋に山口ゼミ上海校、台北校をつくるべく動き始めたところ。3月には既に活躍している中国、台湾のプロ作曲家を呼んで、真鶴でコーライテイングキャンプをやる予定なんだ。


総評)時代はおもしろくなってる

脇田;振り返ってみると、時代はおもしろくなってる気がしますね。すごいスピードで変化する中国とアジア市場にアンテナをはっておかないと。ダイナミックな時代の到来を期待したいです。

山口:前著『新時代ミュージックビジネス最終講義』にも書いたけれど、今は「ITサービスがわからないと音楽ビジネスができない時代」になっている。15年前までとくらべて、一番変わったことって、マネージャーやプロデューサーが「マネタイズポイント」まで考えなければいけなくなったこと。以前はCDなどパッケージを幹にした生態系がよく出来ていたから、「良い曲作って、多くの人に広める」ということだけ考えておけば、お金は自然に入ってきて、回っていったけれど、今は、ITベンチャーが、無料アプリユーザー100万人いても倒産することがあるのに似て、ちゃんとマネタイズのタイミングと方法まで自分たちで考えなければいけない。そう思わない?

脇田:同感です。一方、いくらマネタイズのノウハウを持っていても、曲のヒットとアーティストのブレイク無しでは儲からないのは昔と同じ。新時代のネットやITのノウハウもマストだし、伝統的なマネージメントや育成のノウハウ、も知るべき。両方必要。

山口:テクノロジー活用は、マネタイズとプロモーション(ユーザーとのコミュニケーション)に加えて、テクノロジーを活用して表現そのものも変わらないといけない。去年から始めたTECHSは、クレイジーなくらい大変なイベントだけれど、プログラマーとアーティストが真剣に向き合ってライブステージを作っていて、熱量はすごく高い。大変だけれど「TECHS」も続けようね。

脇田:ニューミドルマン養成講座の有志がTECHSのWEB SITE「TECHS.media」を盛り上げてくれたり、私たちの取り組みに賛同してくれる人も増えてきています。この記事に興味を持った方や、音楽の仕事でおもしろい事やろうと思ってる方は、ぜひ、講座に参加してほしいです。

山口:それからミュージシャンズハッカソンをやってきたチームで、世界的な音楽ハッカソン「Music Hack Day Tokyo 2018」を2月にやります。日本でMHDやるのは3年ぶり。プログラマー、デザイナー、ディレクターは是非、参加してください。

ニューミドルマン養成講座公式サイト

TECHS.media
TECHS3@SuperDeluxeダイジェスト動画

●Music Hack Day Tokyo 2018 公式ページ

2017年12月19日火曜日

2017年音楽業界 重大ニュース振返り

<2017年重大ニュース〜日本の音楽業界篇>
第1位)チケット二次流通問題、音楽業界の主張が認められる
第2位)SMAP解散、ジャニーズ脱退メンバーの活躍
第3位)安室奈美恵引退+初週ミリオン達成
第4位)逃げ恥・恋ダンス現象
第5位)AbemaTVが注目される
圏外)JASRACが音楽教室から著作権料徴収で物議を醸す
圏外)avexがブルーノ・マーズと契約 

 今年もブログはたまにしか書けずに、年末になってしまった。1年間の振り返りを、9月に僕が監修して、初の著作『ミュージシャンが知っておくべきマネジメントの実務』(リットーミュージック)を出版したワッキーこと脇田敬くんとの対談型で、やってみようと思う。

山口:ワッキーにとって今年は初の著作が出版されてエポックな年だったと思うけれど、何か変化はありましたか?

脇田敬
脇田:裏方である自分が、著作という形で人前に出るというのはちょっとした覚悟が要りました。これからもいいアーティストや作品を世に出すために仕事し続けると同時に音楽ビジネスの基礎をオープンに知ってもらうことで、もっともっと音楽を元気にしたい、世の中を明るくしたいと強く思いました。

山口:ワッキーの性格がよく出ていて、微に入り細に入り、音楽ビジネスの実務について、「痒いところに手が届く」本だと思うよ。これからの音楽業界のバイブルになると思う。
 では、ニュースを順に解説していきましょう

第5位)Abema TVが注目される

山口:ワッキーが推したニュース。サイバーエージェント✕テレビ朝日のインターネットテレビ局だね。

脇田:フリースタイルのヒップホップバトルの番組「フリースタイル・ダンジョン」のヒットに続き、亀田興毅に挑戦する企画もバズったAbema TVが元SMAPの3人の72時間番組を発表、ヒットを連発したのには驚きました。ネットと地上波テレビが手を組んで番組を発信する成功例が生れつつあるわけですね。

山口:サイバーエージェントの藤田社長が、赤字でも投資を続けると宣言して
話題になってたね。サイバーエージェントという会社はIT企業の中で特別の存在で、素敵だと思う。

脇田:女性社員が綺麗だからですか?(笑)

山口:俺もう合コンとか行かないから、それはよくわからないんだけれど(笑)。若手への権限委譲が進んでいて、AWAも30歳前半の小野さんが責任感を持って仕切っている。スマートフォンにおけるUI(ユーザーインターフェース)が優れているサービスがサイバーエージェントの特徴だと思うだけれど、何より若手社員が明るくてポジティブだよね。

脇田:IT企業がヒットコンテンツを連発するという点で画期的かと思います。

第4位)「逃げ恥・恋ダンス」現象

山口:TBSの人気ドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』で、主演男優でもあった星野
源の主題歌「恋」を使ったYouTubeでのユーザー巻き込み型PR。番組のエンディングで俳優陣がダンスをしていて、その真似をユーザーにさせることで、番組や楽曲のプロモーションにもなったという現象だね。あくまで期間限定の許諾ということで、その後、ビクターが削除要請を出したという事件。

脇田:テレビ番組側のユーザー参加動画でバスらせたい!という企画に協力したんでしょうね。結果、その動画に広告を付けるユーザーとか野放しにしてしまった。

山口:まあ、そうだけれど、星野源という、小劇場演劇の俳優でもあった、カウンターカルチャーの人が、地上波テレビの連続ドラマで今をときめく新垣結衣の恋人役をやり、主題歌をやり、どちらも大当たりしたというめでたく、素晴らしい話じゃない?

脇田:星野源というアーティスト、「逃げ恥」というドラマが売れた、という点ではよかったということなんでしょう。ただ、最初からHPで期間限定だと言ってましたので、有言実行、騙したわけではないよ、という言い分なのだと思います。

山口:それが間違っているよね?

脇田:間違っているのか、わかりませんが、「英断」みたいに言うのは、ちょっと、、。

山口:実際の舞台裏は知らないんだけれど、まあ、アーティスト側にメリットが大きい結果を産んで、レコード会社の姿勢が変わることを期待したんだけどね。だってこのまま黙認してもいいじゃない?

脇田:今までYouTubeでの楽曲使用についてはしっかりブロックしていたのを、この曲に関しては解放したわけですよ。特に説明もなく。そうすると、巷に公式音源を無許可で使用したダンス動画が溢れるわけですよね。それで、今まで楽曲の二次使用は悪いことだと思って従ってきたユーザーが騒ぐわけです。「動画に勝手に音源使ってる人がいます!」と。それを見てビクターがHPに声明を出したわけです。「期間限定で許可します」、みたいな。で、番組が終わり、DVDやブルーレイが発売されたタイミングで、プロモーション期間も終わったので、「楽曲使用許可は終了ですよ、削除してください」、という流れなのかなと思います。

山口:変な前例を作りたく無いという、その考え方がおかしいと思うんだよね。僕の指摘したいポイントは2つ。まず、ファンとアーティストのエンゲージメントに水をさしたこと。この番組で星野源を知って、好きになった人もたくさんいると思うんだ。嬉しくて踊った自分の動画を削除しろって言われるって、気分悪いでしょ?ファンの星野源との幸せな出逢いを不愉快にさせるのは、一番やってはいけないことだと思う。

脇田:ドラマのエンディングのダンスを見て、動画をアップした人もそうですが、今までアーティストや原盤者の権利を守るために二次使用はしてはいけないと、ネットで自由に音楽を楽しむことを我慢してきた人とのエンゲージメントも大事にしたいですね。

山口:本当だよね。2つ目のポイントはコンテンツホルダーとしてもっと胸を張って、上手に権利行使をして欲しいということ。威張ってちゃいけないけれど、「本来は弊社の音源を使って、YouTubeに上げることは著作権的にNGです。ただ「恋」については、出来事として素晴らしいので、特別に許諾します」っていう態度で良いと思うんだよね。メリットしか無いでしょ? 今だにYouTubeに音源があったら、CD売れないみたいに思っているとしたら、時代錯誤過ぎるよ。科学的に証明されていることを信じない迷信な感じ。

脇田:コンテンツID登録をすれば、ブロックできる、または使用を許可し、音源を使用した再生には広告がつき、収入となる。ビクター音源は、基本、前者を行なっている。しかし、「恋」は、このどちらも行なわなかった。山口さんが言うように、YouTubeに音源があればCDが売れないという考えもあるかもしれないし、もう一方で、YouTubeのやり方や掛け率にも不満があり、納得できない、そこには乗りたくないという考えもあるのでしょう。以前、ロックバンドのくるりの英詞動画が、アメリカ等の国で再生されなったことがあります。これは、ビクターがYouTubeの有料動画再生「RED」への動画提供を拒否したことで起こりました。一方、YouTubeに積極的なavexは、海外アーティストが行なうようにコンテンツID登録を行ない、二次使用を許可し、使用動画の広告収入を得ている。

山口:「PPAP」(ピコ太郎)を当てたavexとは根本的にスタンス違うと?

脇田:両社の立場の違いはおもしろいですね。どっちが正しいとは言えませんが、avexは進んでいる。そして立場が明らか。ビクターは説明がわかりにくいというか、立場の取り方がわかりにくかったというべきか、、。星野源作品の音源、画像、映像など、すごく素敵ですばらしいし、そこになんだかわからないWEB CMを付けたくないみたいな心理もあるのかもしれませんけどね。

山口:YouTubeというサービス上でたくさん音楽が使われているのに、アーティスト側への分配率が低すぎるという、いわゆる「Value gap」問題があるのはわかります。むしろYouTubeは使わないというポリシーでやるアーティストがいても良いと思う。けれど、日本のレコード会社が、YouTubeには渋々動画を出して、Spotifyでは配信しないとかは、論理的に破綻しているなと思うんだ。

脇田:そこは強く言いたいですね! YouTubeに屈しないビクター、繊細な作品性にこだわるビクターには、音楽に理解ある姿勢を明らかにしていて、分配もYouTubeより遥かに多いSpotifyにアップしてほしい(最近、サカナクションやくるりは配信された)。
この辺りのYouTubeの分配の話、Value gap問題は、今度ニューミドルマン養成講座にゲストで来て頂く、NexToneの荒川(祐二)さんにも聞いて勉強してみたいです。さらにもっと言えば、ビクターの話も聞いてみたいです。今回の星野源の案件では、いろんな事情があったのだろうと思いますが、もっと深く考えられてると思うんですよね。

山口:荒川さんは合併前のJRC社長時代からITサービスはきちんと研究されてました。実は、僕にSpotifyのサービスを教えてくれたのは荒川さんだからね。ニューミドルマン養成講座では何度か講師をお願いしているけれど、今回はYouTubeとの向き合いについて掘り下げて訊きましょう。

脇田:こういうキーパーソンのお話を直接聞けるのは、めちゃめちゃ楽しみです。

山口:さて、第3位に行く前に2つほど。

圏外)avexがブルーノ・マーズと契約

脇田:avexがブルーノ・マーズと全世界での音楽出版契約を結んだと発表されました。前年のピコ太郎のヒット、NexToneのYouTube再生数に応じた分配の発表などに続いて、大きなニュースでした。新社屋も完成したavexグループが何を仕掛けるか注目です。

山口:avexという会社は、日本の音楽業界を変えていく存在で素晴らしいと思うんだ。決してお行儀が良い会社では無いけれど、新しいことに挑戦していく姿勢で業界が引っ張られていく感じがする。ワッキーはマネージメントの立場でavexと仕事した経験あるよね? どんな印象?

脇田:一言で言えませんが好きな会社です。mu-moや映画事業、フェス事業、海外進出、いろんなチャレンジが今のavexを作っている。その時は「何やってるんだろう?」と思いましたが、ここ数年、不可能だと思われていたことを可能にしていく姿を見て、ああいったチャレンジが今に繋がっているんだなと感心します。

山口:なるほど。ただ、今回のブルーノ・マーズは、本当に投資に見合う回収があるのかは疑問で、心配だな。アメリカ音楽業界にどんな戦略で切り込んでいくのか、訊いてみたいと思ってる。

脇田:そういう社風なんでしょうね。『レッドクリフ』や「a-nation」、数々の新人アーティストの売り出しとか、回収できてない投資は過去にも沢山あったでしょうから。そういえば、アジア副社長高橋俊太さんはニューミドルマン養成講座を受講された方だし、講師で来てくださった伊東宏晃さん(エイベックスマネジメント前社長)など、ゆかりの方は多い会社ですよね。テクノロジーにも積極的です。

山口:僕らが3年やってきたニューミドルマンラボの活動も面白いネットワークになってきているよね。これからが楽しみ。

圏外)JASRACが音楽教室から著作権料徴収で物議を醸す

山口:かなり話題になったニュースなんだけれど、あまりにも非生産的な話なのであくまで圏外扱いかなと。ワッキーはどういう印象?

脇田:困りますよね。音楽ビジネスの柱である、著作権管理の最大手団体、JASRACの存在によりミュージシャンはメシが食える。そのJASRACが、世の中を敵にまわすような誤解の種をバラまいている。「『カスラック』とか言ってる奴音楽聴くな!」ぐらい言って擁護したいところですが、当のJASRACに世の中を味方に付けようという意志が感じられないです。

山口:70年の歴史があるということは、インターネットはおろか音楽がデジタルになる前から著作権の徴収分配をしているということ。様々なルールやノウハウを積み重ねてきているから、それがネットに簡単に適応できないのは、仕方ない部分もあるよね。ただ、今の時代はテクノロジーを使えば100%に近い透明な分配ができる時代だから、そこに鈍感なのはよくないと思う。「これからは音楽教室から著作権料徴収します」という時に、明快で透明な分配方法を明示できなければ、ユーザーも事業者も納得しないのは、当然。でも、問題は事務局じゃなくて、JASRACの理事会なんだ。
選挙で選ばれる理事の2/3が作詞家・作曲家で、この方々がどれだけネット時代を理解していて、透明性やユーザーからの支持を得ることの重要性を理解しているか? ここがJASRAC改革の本丸です。カスラックとか言っているユーザーは、JASRACの理事にメンション飛ばして欲しい。まあTwitterやってない方が多そうだけれど(笑)。真面目な話、理事会の意識が変われば、JASRACは変わります。事務局のスタッフはちゃんと勉強しているし、時代の変化を理解している人が多いよ。

脇田:音楽教室側にも問題がありそうです。

山口:そもそも音楽教室もビジネスなので、正義の味方みたいに振る舞って、著作権料を支払いたくないというスタンスはおかしいよね。挙句の果てに、どうみても勝ち目のない訴訟を自分から仕掛けているって、顧問弁護士もセンス悪いよね。例えば、以前ブログにも書いたけれど、音楽教室の著作権料で、JASRAC管理楽曲の楽譜をクラウド管理して、ユーザに使ってもらって、それで使用料いただくみたいな発想で連携すればよいのに。縮むパイを奪い合うのではなく、市場そのものを活性化して大きくする発想が大事だよ。

脇田;海外映画の楽曲使用料の徴収方法を変える問題も軽く物議を呼びました。今年はJASRAC側からの発信も以前より増えましたし、表に出る事によって議論も起こるのはいいことだなと感じました。

第3位)安室奈美恵引退+初週ミリオン達成

山口:安室ちゃん引退は、ワッキー的にはどうですか?

脇田:一言では語れないドラマを持ったアーティストですよね。日本を代表する国民的ビッグアーティストともなると、ファンはもちろん、関係会社、業界、社会全体に対して、必要としている、いろんな人のためにコンスタントな活動を行なっていくという人生を歩まれていく方が多い。しかしある時期からの安室さんは、そういう考え方とは違う道を歩まれてますね。テレビに出ない、ライブでMCしない、ということで。
あと、この件に関して、もう一つ。2017年を代表するワードを強く印象付けました。それは「引退」です。ハロプロの「ももち」、乃木坂46の「橋本奈々未」、そして安室ちゃんと、「脱退」「卒業」「活動休止」ではない新しいワード「引退」がエンタメ業界を席巻しました。

山口:確かに、アーティストが「引退」って言葉を使うのは久しぶりに聞いた気がする。僕はなにより、ワンピースとのタイアップ曲「Hope」の作詞・作曲・編曲が僕の弟子たちなので、とても喜んでいます。

脇田:CWFですね?

山口:プロ作曲家育成「山口ゼミ」の卒業生によるクリエイター集団「Co Writing Farm」は、最近は、送られてくるコンペをこなすだけでなく、デモを作ってこちらからアーティストに提案するという活動をしているんだ。これからは日本でもこのやり方が主流になると思っている。担当を調べて、A&Rに持っていくと、喜んで聴いてくれるしね。今回も、一期生の安楽謙一が安室奈美恵って言い出して2年位かかったけれど、とても大きな成果があった。

脇田:すごいですね。おめでとうございます。

第2位)SMAP解散、ジャニーズ脱退メンバーの活躍

山口:SMAPの解散は2つの意味でバッドなニュースだったと思っている。40代の成功した男たちの意思決定を80代が覆すという、日本の悪い面の縮図だと僕には見えるんだけれど、それを美談みたいにメディアや政治家が語っているのが醜悪だった。

脇田:SMAP解散に関しての顛末は興味深かったですが、それよりインパクトがあったのが、3人での「新しい地図」と、「世界に一つだけの花」の購買運動ですね。ネットに舞台を移して新しい活動を華々しくスタートさせたこと、ファンがオリコンを舞台に、CDを買うことで意思表示し続けている、興味深いです。

山口:ファンパワーが凄いよね。。だからこそなんだけれど、残念なことのもう一つはSMAPという器があることで成立していた、最高峰にクリエイティブレベルが高いJ−POPが作られなくなってしまうこと。最後にアルバム1枚作って欲しかったけれどね。

脇田:いい作品を沢山生みましたよね。

山口:あと、辞めたマネージャーの方を被害者みたいに言うのも違和感あるんだよね。彼女は、ジャニーズ事務所の中で最もジャニーズ的な強権を使う仕事の仕方が評判の人でしたからね。これからどうするのかお手並み拝見だね。

脇田:SMAP、安室ちゃんの件で、90年代、平成に花開いた国民的エンタテイメントの一つの時代の終わりを感じますが、テクノロジーの進化がもたらす新しい時代に彼らや彼女が生み出せるものは沢山あると思います。


第1位)チケット二次流通問題、音楽業界の主張が認められる

 山口:僕の知る限り音楽業界が、提案した社会的な事象が、支持され「勝った」のって初めてなんだよね。素晴らしいと思う。国会も司法も味方にすることができた。びっくりした。私的録音補償金のiPod認定も古くはレコードの貸与権も、コンテンツ制作者側の主張は軽んじられてきました。今回は満点の出来です。

脇田:話が平行線なら、戦うしかないですからね。私たち音楽関係者が大事にしている事について、ああいった会社から理解されなかったのは残念でしたよね。負けられない戦いでした。

山口:チケット二次流通の会社のロジックは、大まかに言うと「アメリカでは普通に行なわれている」「市場主義でチケットも取引するやるべき」という2つだったと思うけど、日本の音楽ファンには馴染まない考え方だったね。
僕が思うのは、アメリカで「ファンに申し訳ないから、あまりチケット代を高くしたくない」って考えるアーティストってまずいないと思うんだ。ビジネスライクな判断をしていると思う。でも、日本のアーティストは、「ファンのために」という考え方をすることが多い。マネージメントってアーティストの考えに寄り添って、それを実現させるって思う仕事だからね。今回もヒップランドの野村達矢さんが先頭に立って汗をかかれていて、素晴らしかった。日本では「コンサートはファンとアーティストの最大のエンゲージメントの場なので、単純な市場主義はそぐわない」という音楽業界側の主張が日本全体から支持されたなと感じているよ。

脇田:「ファンは高いお金を出してでもチケットを入手したいと思っている、だからこういうサービスを行なっているんだ、ファンのためだ」、みたいな論理もありましたね。「ファンのために」みたいな音楽文化への愛情や敬意が少しでもあるなら、もっと解決策を対話できたんじゃないかと思います。これからも、敬意のない乱暴なサービスや企業が現れるでしょう。敬意をもって、理解し合いたいものです。

山口:あと、チケット二次流通会社は、ネットダフ屋撲滅への姿勢も中途半端で、二枚舌な印象を持たれたよね。

脇田:ネットダフ屋を取り締まる法整備が無いのをいいことに、利益を優先して悪に加担したと思われても仕方ないと思います。

山口:個人的にはmixiの経営陣に猛省を促したいな。音楽業界ともつながりの深い中村伊知哉さんは社外取締役を辞任してまで、チケット二次流通サービスについて諫言したのに無視。上場企業が儲かれば良いって考えでサービスやってはだめでしょう?
以前は、mixiのファンコミュニティが機能していて、コンサートにいけなくなるとコミュ内で定価ベースでやりとりしていた。マネージャーはそれを黙認していたって歴史があるじゃない? まあ牧歌的な時代と言ってしまえばそれまでだけれど、そのmixiの伝統にも泥を塗ったと思うよ。

脇田:これも残念なことです。

総評)2017年を振り返って

脇田:振り返ってみると2017年は、今までにない新しい動きがたくさん見られた年でしたね。CDが売れていた時代のような過去に決別し、何か、重い腰を上げて動き始めた実感がありました。JASRACの件、ビクターの件についても、過去にしがみついて引きこもっていたなら、このような騒ぎにならない。そう考えると未来を感じますね。山口さんはどう思われました?

山口:国際的な視点で言えば、周回遅れな感じもするけれど、やっと日本でも新しい潮流があるのかなと、希望的に考えたいです。

脇田:ニューミドルマン養成講座も新しい仕組みをスタートさせます。マネジメント本も出ましたし、音楽ビジネスに参入する人をどんどん増やしたいです。

山口:ニューミドルマンもコミュニティ化を図ろうと思います。音楽業界の変革を牽引する人がたくさん出てきてほしいです。オンライン+オフ会のコミュティをベースにして、養成講座は回数やテーマを絞って、年4回やるような形にアレンジしようと。1月からはオンラインコミュニティもフェイスブックグループを使ってα版運用を始めるので、是非、参加して欲しいし、2月に行う音楽ビジネスに興味がある人は、2月に行う「超実践アーティストマネージメント篇」を受講してください!

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