2015年12月19日土曜日

日本の音楽ビジネスを進化させる、JASRACの対抗軸、NexTone設立の期待

 9/28付のイーライセンスとJRCの経営統合から3ヶ月、早くも合併が発表された。期間の短さに関係者の熱意を感じる。


 著作権関連のニュースは、誤解されていることが多い。この件も報道を見ているだけだと、意義が理解しにくいと思うので、見解をまとめておきたい。僕は、3つの理由で強く支持したい。


1)JASRACへの明確な対抗軸が生まれて、健全な管理手数料競争が起きること


 著作権信託の分野で大切なのは、「確実な徴収とガラス張りの分配が、リーズナブルな手数料で行われること」だ。
  仲介業務法改正(著作権等管理事業法制定)で、著作権管理業務は、JASRACの独占ではなくなったけれど、実態としてはJASRAC取扱の比率が異常に高い状態が続いている。著作権は、支分権と呼ばれる区別に沿って定められている。利用方法ごとに著作権使用料や管理手数料が決められている。録音(CDとか)、インタラクティブ(配信等)は、他社の参入によって手数料競争が起きたけれど、他の分野はJASRACの寡占状態が続いている。

 放送については、NTTデータのフィンガープリント技術を活用して、全曲報告ができる仕組みができあがった。今年になってJRCが放送分野への進出を決めたのは、透明性が担保されたからだ。
左が阿南雅浩CEO、右がJ荒川祐二COO
 一方、演奏(コンサート、カラオケなど)については、まだJASRACの独占状態の改善のメドが経っていない。音楽プロデューサーという立場で問題視したいのは、26%という手数料が高すぎるからだ。
 しかも、某洋楽アーティストが日本でコンサートをした時に著作権料が安すぎると問題提起したことで、コンサートの著作権料はこの10年間で2倍近くにあがっている。当然下がると思っていあ管理手数料率がそのままというのはどう考えても不合理だ。
 JASRAC的な言い分としては、片田舎のカラオケスナックにまでスタッフを派遣して著作権料を徴収しているのですというロジックなのだろうが、だとしたら少なくとも、カラオケとコンサートは分けて管理することを可能にするべきだ。既に 通信カラオケは日本は第一興商とエクシングの二社に集約されている。店舗に関するカラオケ徴収についても、この通信カラオケの二社経由で徴収できる範囲だけで良しとする代わりに手数料が10%となるなら、多くの権利者がそちらを選ぶだろう。シンガーソングライター系の事務所にとっては、コンサートも自分たちがやっているので、自分のアーティストが自分の曲を歌ってコンサートした時の著作権使用料の26%JASRACにとられるという、めちゃくちゃ不合理な状況になっている。コンサートが重要になっている昨今、著作権を自己管理する大手事務所が出てきてもおかしくない。権利者側に選択肢がない今の状態は間違っている。
 NexToneは、演奏権については当面は管理せず、数年以内の管理を目指すとのこと。 一日も早く取り組んで、JASRACと競争して欲しい。この機会に全支分権での取扱を希望す
る。


2)デジタル・サービスに対してポジティブで対応力が高い著作権管理会社が生まれたこと


 僕にSpotifyの存在を最初に教えてくれたのは、JRC荒川社長だ。デジタル系の音楽関連サービスに対する高い見識の国際的な情報収集力を持っている。Spotify日本法人ができるずっと前に、テストアカウントを使って、僕にサービスを見せてくれた。YouTubeやニコニコ動画、USTREAM ASIAのローンチの時に、先駆的に動いて、IT事業者と音楽家のwin/winの絵を描くことに取り組んでくれている。僕がやっているセミナーにもゲスト講師をお願いしているけれど、「破壊者」的なスタンスではなく、幅広く目配りをして、既得権者と新規参入者の双方のメリットが考えられる人だ。彼が中心に立っていることのプラスはとても大きいと思う。
 海外輸出に関しても追い風だ。コンテンツ輸出とインバウンドが日本の国策になっている昨今、著作権についての改革は必須になっている。現在、海外で日本の楽曲が使用された場合の徴収方法は、JASRACが相互契約を結んでいる海外の管理団体経由で集めるか、日本の音楽出版社が国別に委託した音楽出版社(サブパブリッシャー)を使うかのどちらかになっているが、いずれの方法も既に時代遅れになりつつある。
 AppleSpotifyGoogleといった音楽配信がグローバスサービスになっているのに、著作権徴収方法が内国型(ドメスティック)なのが有効なはずがない。プラットフォーム事業者としっかり向き合うグローバルエージェントが活躍している時代に、日本はどうすべきかを真剣に考えるタイミングなのだ。日本の音楽が世界にどうやってビジネスしていくかを国策として取り組むべき時代にNexToneが、グローバルエージェントと提携するのか、対抗するのか方針はわからないけれど、期待感は持てる。できれば、パワーゲームが始まりつつある海外の著作権管理会社を買収するくらいの攻めの姿勢を持って欲しい。


3)旧イーライセンス経営陣の「正義の味方」路線が明確に修正されること


 見逃せないのが、旧イーライセンスの経営方針が明確に否定、修正されるだろうということ。個人的にはこれも重要と思っている。これまでのイーライセンスは、JASRACを仮想敵に見立てて、メディア的に「正義の味方」を装って、訴訟を含む乱暴な方法で著作権管理の仕組みを変えようとしていた。基本的な認識が違うとは思わないけれど、手法については、全く間違っていたと思うし、日本のメディア業界、音楽業界にとっては、マイナスの方が圧倒的に大きかった。このことは、以前もコラムに書いたので、ここでは繰り返さない。興味のある人は、これを読んで欲しい。


 旧イーライセンスは、正義の味方キャラを打ち出す一方で、ボリュームディスカウントなどで著作権使用料を割引する行為をJASRAC以上に行っていて、音楽家の権利を真摯に守っているようには到底見えなかった。そのためか近年は、明らかに戦略的に行き詰まっていたと思う。今回の合併でこれまでのような無為な訴訟が行われることはなくなるだろうから明らかにプラスだ。
 今だから正直に言うと、イーライセンスの経営が立ちゆかなくなって、信託している音楽家の作品が宙に浮くようなことになるのではないかと密かに心配していた。そういう事態もこの合併で回避できる。ほっとしたというのが正直な気持ちだ。

 現在の著作権徴収額全体でいえば、まだ1割以下の存在だけれど、NexToneに期待される役割はとても大きい。業界内政治みたいな色眼鏡な見方はあまりしたくないけれど、エイベックスと日本音楽制作者連盟加盟の大手音楽事務所が手を組んだ意味は大きい。この20年間のヒット曲を生み出したプロデューサーの多くがそこに集結しているからだ。経営統合のニュースについて、フジテレビのネット番組「ホウドウキョク」で速水健朗さんの電話出演に答えたように、今回のエイベックスの動きは、「音楽業界はこうあるべき」という思想的な行動に見える。普段のエイベクスは、機を見て敏に、自社の収益メリットを最大化しようとする、いわば「暴れん坊」な会社だけれど、時折、思想的行動をする。著作権管理業務というのは、とても大切だけれど、縁の下の力持ち的な地味な分野だ。戦略に行き詰まったイーライセンスを救済し、JRCと組んだ今回の判断は、日本の音楽業界にプラスな、ちょっとおおげさに言えば国益に資する英断だと思っている。

 音楽ビジネスは、世界的にみて生態系の再構築が必要になっている。デジタル化という観点では、4〜5年遅れてしまっている日本だけれど、潜在力はある。NexToneの設立が、新しい音楽ビジネスの潮流を後押しする契機になることを期待したい。

 拙著『新時代ミュージックビジネス最終講義』でも明確に指摘したけれど、レコード産業を中心とした従来のノウハウは、既に陳腐化している。
 出版記念イベントとして始めた無料の対談イベント「ニューミドルマンリレートーク」Vol.4のゲストはハウリング・ブルの小杉茂さんだ。彼は、音制連の理事時代の友人だ。Hi-STANDARDなどを輩出した名マネージャーで、多くの人に愛される人柄が知られているけれど、実は鋭い視点をもった論客だ。「デジタルになったら著作権分配はウエブマネーでやらないとダメ」とか「弁護士資格も会計資格も持っていないのに、俺達はマネージャーなんていつまで言ってられるかな?」と発言していて、目からうろこが落ちたし、大きな刺激を受けた。
 実際、彼は心理学トレーナー資格を持って、新しいマネージャー像を作り始めている。音楽ビジネスの近未来に興味のある人は、遊びに来て欲しい。