2015年2月1日日曜日

PLAYSTATION MUSIC発表! 〜”凋落”ソニーの”賢明”な選択!?


 ソニーが自社の音楽ストリーミングサービス「Music Unlimited」を終了して、Spotifyのサービスを使った「PLAYSTATION MUSIC」を開始するとの発表が行われた。自社の音楽サービスをあきらめて、スウェーデンのベンチャー企業の、いわば軍門に下る形を選んだのだ。


  驚きがあったけれど、当然とも思った。Music UnlimitedSpotifyの両方を使ってみれば誰でもわかることだけれど、サービスの質に差がありすぎる。2年以上前になるけれど、試した時のショックが忘れられない。ユーザーにとっての利便性が悪すぎるのだ。おそらくソニーは、ハードを重視した設計で、セキュリティにも最大限配慮したのだろうけれど、いくらなんでも使い勝手が悪すぎた。
 1ヶ月の無料体験をするのに、クレジットカードを登録しないとできないなんて、供給者の論理を丸出しの、あり得ないユーザー導線だ。使いやすさの「サクサク感」にも大きな開きがあって、日本を代表する企業であるソニーがスウェーデンの歴史の浅い企業に完敗しているって、日本人として悔しいし、恥ずかしいと思ったのを鮮明に覚えている。
 
 俯瞰してみると、今回の選択は賢明だ。オンデマンドのクラウド型音楽ストリーミングサービスというモデル。ネット上にジュークボックスがあり、アクセスする権利を月額定額(サブルスクリプション)で販売するというサービスは、世界では、もう淘汰に向けてのパワーゲームが始まっている。音楽はユーザーを集めるためには有効だけれど、権利者側に売り上げの7割程度を分配するので利益率は高くならないし、サービスの差がつけにくい。あと3年程度で、世界で2〜3社に集約されていくだろう。Facebookと連携しているSpotify が先行しているけれど、その椅子に、アップル、グーグル、アマゾン、マイクロソフトといったネット界の巨人たちが割り込もうと狙っている。サムソンなども含めて、既に始まっている争いに、ソニーのMusic Unlimitedが勝てる可能性は、ほとんど無かった。負ける戦からは降りてしまうのは得策だ。当然の経営判断だと思う。

 問題は、海外と日本の経営戦略がちぐはぐなことだ。平井社長の「ワンソニー」のかけ声が虚しく感じられる事態だ。世界中でユーザーを増やしているSpotifyの日本でのサービス開始を阻止してきたのは、他ならぬソニーミュージックエンターテインメント(SME)なのだが、その方針はPLAYSTATION MUSICが始まっても変わらないらしい。日本のSMEには、iTunes Storeに楽曲提供を7年間も行ってこなかった「前科」がある。あの時は、フィーチャーホン向けの配信サービス「着うた」市場ができたし、ユーザーは、レンタルCDという日本にしか無い業態でiTunesが無いことを補っていたけれど、ストリーミングサービスに関する代替案は今のところ無い。

 SMEも出資してLINE MUSICが間もなく始まるとインフォメーションされてるが、そもそも、昨年春に始まる予定だったのを止めたのはSMEだ。今春に始まったとしても「一年遅れた」間に、サービス内容が進化した訳ではない。いつの間にか、ソニーミュージックという会社は、日本の音楽業界で最も保守的で、時代の変化にブレーキを踏むだけの存在になってしまっている。アップルの創始者ジョブズがソニーのファンで、iTunesの生態系は、ウォークマンとNTTdocomoのiモードをモデルにしたというのは有名な話だけれど、イノベーションの象徴だったソニーが、守旧派になっている事態は、ソニーファンでなくても悲しいことだ。

 元ソニーの先輩方に伺うと、「もうすぐ海外のファンドに買われて終わるね」と悲しい目でお話しされることが多い。近年のソニーは、生保損保以外の主な収益源は、事業譲渡と不動産売却になっているような状態だから、さもありなんと思わされる。口の悪い友人は、「孫さんが音楽部門を買ってくれたら、ソフトバンク・ミュージック・エンターテインメント、SMEのままでいいじゃない」と言っている。マイケルシェンカーグループのボーカルが、ロビン・マッコーリーになっても、MSGと名乗っていた以上の違和感があるけれど、そうなったら、日本の音楽業界の改革は進むだろうなと思ってしまう。

 ソニーは日本の戦後ベンチャーの代表で、ウォークマンは、ライフスタイルを変えた革命的商品だった。CBS/SONYEPIC/SONYといったレーベルの格好良さに憧れてきた僕にとっても、本当に残念な状況だ。

 目先の話で言うと、日本の3万人位はいるはずの、Music Unlimitedユーザーはどうするのだろう?この理由だけでも、日本でのSpotifyローンチを推進する側に回るべきだと思う。使い勝手の悪い音楽サービスに月額1000円を払ってくれたソニーファンのユーザーを見捨てるのは、メーカーの責任としてあってはならないことだろう。

 LINE MUSICでも、サイバーエージェントがエイベックスと組んで始めるAWA MUSICでも、「フリーミアム」モデルは採用されないらしい。理由は、楽曲を許諾するレーベルの反対だ。「フリーミアム」は、無料と有料のサービスを組み合わせるという概念で、誰でも無料広告モデルで使えるようにして、サービスの価値を体感させて、有料会員に誘導するという、インターネットにおける近年の優れた「発明」の一つだ。特に音楽サービスにおいては、その有効性は十分に証明されている。Spotifyを体験したユーザーの3割以上が有料会員に移行するというのは驚異的なデータだ。

 音楽ビジネスにおいて大切なのは、たくさんの人に楽曲を聞かせて、支持されて、その人気をお金に換えていくということだ。従来のラジオやテレビを使って楽曲を知らせて、CDを買わせるという仕組みをネット上で代替することが行われつつあるのだ。もちろん、無条件に受けいれるのではなく、検証は必要だけど、ただひたすら「音楽は無料じゃダメ」と言って、全否定しているメジャーレコード会社の姿勢は、前近代的過ぎる。

 想起されるのは、新興宗教の熱心な信者が、教義を守るために手術の際に輸血を拒否するという話だ。今のレコード会社の「ともかく無料で聞かせてはだめだ」という頑なな姿勢は、そんな信者たちの姿とダブって見える。問題は、輸血を拒否する信者は本人が死ぬだけだけれど、レコード会社の頑強さは、アーティストやユーザーを道連れにして、共倒れになることだ。

 彼らの教義の元は、従来の音楽業界のシステムに起因している。「大切な作品を知らない奴らに触らせたくない、音楽を愛する人がしっかり届けたい」という真摯な想いがベースにあったりするから難しい。これまではCD店はレコード会社と直契約した特約店だったし、着うたもシェアの7割は、レコード会社が共同で運営する「レコチョク」が握っていた。

 アーティストサイドにいる僕としては、その想いに感謝の気持ちは十分にあるつもりだけれど、「もう、あなた達の正義はカビが生えてしまっているんですよ」と教えてあげたい。テレビ番組やTVCMのタイアップをとる以上に、ユーザーがソーシャルメディア上でシェアしてくれることが音楽が広がるために大事な時代だ。音楽はみんなで共有する時代になっているし、アクセス権をコントロールしてマネタイズの方法論を工夫することに知恵を絞るべきだ。時代にあったビジネスモデルに再構築しなければいけないのだ。

 本音を言うと、僕が危機感を持っているのは、ストリーミングが始まってないことではない。iTunesに代表されるアラカルト型のダウンロードサービスが普及せず、パッケージ市場が健在な日本は、ストリーミングサービスとの相性は良い。音楽を聞いたり、友人に薦めるのにはストリーミング、好きになったアーティストとの関係性を深めるのにはパッケージ購入という構造が、普通に期待できる。今年からでもフリーミアムモデルが始まれば、音楽家にとって、欧米よりも理想的な市場が形成される可能性は十分にある。

 僕は恐れるのは、今年も普及せず、ぐずぐずしている間に、欧米で「次のイノベーション」が起きてしまうことだ。今の「周回遅れ」は、まだ挽回できるけれど、世界が次のフェーズに行ってしまったらもう無理だ。日本の音楽業界を守るためには、本格的な鎖国しかないだろう。もちろん、海外にJ-POPを売るという「クールジャパン」政策も音楽については終了だ。
 日本の豊穣な音楽シーンが発展するために、ITベンチャーなどに刺激を与えるために、「国際標準」の音楽サービスを日本に普及させることは必須なのだ。
僕が育った日本の音楽業界には、すばらしい仕組みや人材がたくさんあって残すべきこともたくさんある。時代に合わせて変わらなければ、大切なものを守ることもできない。Change to survive!というのは、僕自身のテーマでもある。

 あらゆる意味で、ソニーの経営陣が判断した「PLAYSTATION MUSIC」という選択を、日本にも即刻適用するべきだ。日本の宝であるソニーグループが間違った判断をしないように、心の底から願いたい。そうじゃないと、Jポップが死んでしまう。
 
 僕なりの現状への危機感から始めた「ニューミドルマン養成講座」は、新たな音楽ビジネスを構築したいという、意識の高い受講生が集まってくれていて、光が見える思いだ。ゲスト講師も高い意欲で取り組んでもらえて、本当に感謝している。今、日本一の音楽ブロガーと言ってよいだろうジェイコウガミ君が、講座の最後に語った言葉が心に響いた。 

「音楽の未来を語るのはもう止めにしませんか。周囲にある今が全てです。」

 同感だ。Change to Survive.